【読書記録】”正義中毒”という快楽。人は、なぜ他人を許せないのか?
最近はSNS投稿で簡単に人と繋がれる一方、
他人を攻撃するかのような
書き込みもされているようですね。
どうして他人のことを攻撃したり、
そこまで気にして自分の意見を
押し付けるのだろうか。
それは一体どういう心理なんだろうか?
また、自分も知らず知らずのうちに
他人を攻撃したり
傷つけたりしないようにしないと!
と思いこの本を読んでみました。
正義中毒とは
- 他人に「正義の制裁」を加えると快楽物質であるドーパミンが放出される。この快感は脳に備わっている仕組みなので誰もが「正義中毒」に陥る可能性がある。
- 「正義中毒」になると自分と考えが異なるものをすべて悪と考えてしまう。
何かと理由を見つけて他人の落ち度を責めて、
自分が優位になった気がするのでしょうか?
なぜそうなるの?
- 日本人の特徴として日本人が議論だと思ってしていることは“人格攻撃“になってしまいがち。相手の主張の良いところを取り入れることがなかなかできない。
- そもそも異なっていて当然の他人を「愚か」とか「優れている」と考えるのは、他人に自分の基準を無理に当てはめているだけ。
- 加齢が脳を保守化する。脳の前頭前野の老化で自分が元々持っていた思想の傾向が強くなり、自分の所属している集団の論理しか受け付けなくなってしまう。
- 前頭前野が衰えていない人は固定化された常識や偏見を鵜呑みにせずに、普段から「自分はこう思う」と事実をもとに合理的で客観的に考えていける。
- 一貫性をつらぬくことにこだわって他人を受け入れる柔軟性を失わないように。人間は特に一貫した好みや判断基準を持っているわけではない。
あの人は前にこう言ってたのに…
それは一貫性がないのじゃなくて、
人間は一貫性がないのが当然なんですね。
正義中毒から自分を開放するためには
- 自分を客観的に見る。どんな時に「許せない!」と思ってしまうのか自分自身で認識する。
- 自分を客観的に見る習慣をつけるには、”自分を振り返る余裕”を持つこと。
- マインドフルネスの実践。
- 前頭前野を活性化するために普段から意識して脳に刺激を与えてやる。
- 慣れていることをやめて新しい体験をする。
ex. 絶対に読まない本、関心のない本を読んでみ る。
- 不安定、過酷な環境に身を置く。
ex. 行き当たりばったりの一人旅をしてみる。
- 安易なカテゴライズ、レッテル貼りに逃げない。
- 自分たちとは違う人たちをひとまとめにして考えることは前頭前野を働かせずにすみ、脳にとっては楽なこと。
これ、やってしまってるかも。
今の若い人は…とか、
おじさんたちって〜なんて
ひとくくりにして勝手に決めつけてしまったり。
気をつけないと!
- 余裕を大切にする
- 忙しいとなるべく余計なことを考えたくなくて、現状維持的な行動を選んでしまいがち。毎日同じ選択を続けるのは楽だし、合理的だが変化の少ない日々を送っていると脳は衰えてしまう。
時短のためにいちいち迷ったり
考えたりする時間がもったいなくて、
いつも同じ選択をして
パターン化させてます。
これは時短のための合理化だとしても
やり過ぎに注意しなければ。
- 脳の健康にはオメガ脂肪酸
- 隙間時間に昼寝したり、睡眠不足にならないように。
人を許せるようになる心の持ち方
- 相手を馬鹿にしてしまう自分や他者の愚かさを人間なのだからしょうがないと認める。
- メタ認知で常に自分を客観的に見る習慣をつける
- 自分にも他人にも「一貫性」を求めない。
まとめ
特別にコレといった解決方法は
書かれていませんでしたが、
結局は自分を客観的に見て
自分で気をつけていくこと。
そもそも人間は不完全なものなのだから、
他人にも自分にも一貫性を求めること自体が
無意味だということを
頭に入れておこうと思いました。